コーラル

八月の森のいちれつは
空や雲や水平線がつらなって
やがて終わりの景色のなか
白い波の輪郭にしずんでいった。
泡と光をとじこめて
ヤギの背中のようにあたたかく
そして
引き返せないところまで
あたしを連れてゆく。

似たような夢を何度もみる。
だけどあたしは
だれかを思い出して泣いたりはしない。
マリリスの茎のように
ひっそりと冷たくしていたい。
なにひとつ選べないまま
思い煩いしゃがみこんでいたい。

夏の暗いところへと
八月の森は逃げてゆく。
手をのばしても
もうぜったいに届かない。

その人のなまえが
南の島のコトバだったらいいのに、と
何度もおもったりした。
けれども、
たいせつなものは
もっともっとそっと
おくのおくにしまっておこうと誓ったから
この静けさだけは保たなければならなかったから
あたしはだれも乗っていない舟に
花をたくさんにたくさんに積んで
遠浅の海をひとりひいてゆく。

暮れた八月の森は
もうすっかり
やわらかな砂のなか。
やがて珊瑚みたいな色になる。