リベルテ

みずのいちばん深いところから
ららるら、ららるら
と、音がなっている。
どこがはじまりで
どこがおわりだったのかわからなくなった世界で
祝福は洪水になってあふれていた。
夏のにおいのする風をあつめ
つい、つぅいと水面をなでるとき
水底にしずむ黒い石の陰から
蟹たちが泡の声をあげている。
ふりそそいでくるひかりや
あわい木枝のかげをくぐりぬけて
いっせいにすべてがまたたくとき
そこにいっぴきの魚の影をみた。
からまるひかりの糸をほどいて
葉の一枚一枚のかげをほどいて
ゆっくりとしずかに
浮いてくるように泳いでいる。
ながい尾がひらひらと
音もなくくゆっている。
蟹たちの泡の声の奥ではまた
ららるら、ららるら
と、音がなっている。
きこえない音がなっている。
そうしてそれらが
小さな輪をたくさん
たくさん浮かべて
ひかりだかかげだかわからなくなって
神さまが与えてくださったものに
それはとてもよく似せて
永遠のように揺れてみせる。
沈黙の中を明滅しているものや
くらいところでばらばらだったものが
ひとつづきへとつながる調律
やさしい音、ほとんど消え入りそうな音
それと青いひかりが
あたしに輪郭をあたえる。
からだの部分をうちつけて
じゆうなたましいが
いっせいにひるがえっている。
かなたまで。
かなたまで。
そこでなっている音が
どんどんどんどんちかづいてきて
その途方のなさにあたしは
何段あるのか知れない階を
のぼりきろうとしていた。
最初は用心深く丁寧に踏みつけて
やがて慎重さを欠いた足取りで
いとおしいものを手放すように。
さしのべられてくる
小さなてのひらのひとつひとつに
花が握られていた。
白い花。
または白い魚の尾だったのかもしれない。
黄色いひかりのなかで
青く点灯しているあたしの輪郭と
世界の輪郭がまざりあってゆく。
水に浸されたときのように
半透明になってゆくからだ。
境界線がにじんでゆく。
ながれる水の音だとおもっていたものは
止まないせみしぐれだった。
白く照り返していた
路面なのか水面なのか
わからなくなった道を
あたしは
ばしゃばしゃと音をたててはしる。
みえない水しぶきのなかで
みえない音をあげて
みえないかかとと
みえないくるぶしと
みえないつまさきでかけぬける。
(ぱしゃん)
(ばしゃん)
それは拍手みたいだった。
それは喝采のようだった。
(ぱしゃん)
(ばしゃん)
あたしの輪郭がはじけると
せかいは粉々になった。
(ぱしゃん)
(ばしゃん)
うちあがるすいてきとすいてきとすいてき。
(ぱしゃん)
(ばしゃん)
果てのない
(福音)(福音)(福音)(福音)(福音)
(福音)(福音)(福音)(福音)(福音)
(福音)(福音)(福音)(福音)(福音)